FROM SCIENTIFIC FOUNDERS

02 STORY UTEC Tsutomu
Watanabe

データが変える、経済学の未来。

UTEC パートナー Noriaki Sakamoto 東京大学大学院
経済学研究科 教授
Tsutomu Watanabe

PROLOGUE

消費者物価指数などの経済統計を、ビッグデータ解析によって算出。それらの情報をリアルタイムに近い高頻度で発信し、まるで体温計のように経済の“今”を伝える東大発ベンチャー「ナウキャスト」。 ナウキャストでは、「POSデータ」のビッグデータを用いた日次物価指数を提供する『日経CPINOW』を展開。金融政策にも活用されているほか、国内外の230社以上の金融機関、政府、政府系金融機関、海外ヘッジファンド等の資産運用、経済調査業務をサポートしています。 また、クレジットカード会員のビッグデータを活用した消費統計『JCB消費NOW』も展開。業種別や販売形態別など、多面的な分析を提供し、消費活動の“今”を知るための統計を提供しています。 株式投資における便利な指標、また、経済動向を把握するための新たな情報源として注目されています。 ナウキャストは、東京大学大学院経済学研究科 渡辺努教授によって起業されています。経済学の知見をどのようにして事業に結びつけたのか。UTEC坂本教晃と語ります。

SCROLL or CLICK

SECTION01 : はじまりは、研究の「社会還元」

SCROLL or CLICK

SECTION01

はじまりは、研究の「社会還元」

坂本:
ナウキャストを起業したきっかけをお話いただけますか?
渡辺:
現在のナウキャストが提供している日次物価指数は、起業を想定して生まれたものではありませんでした。最初は純粋な研究であり、社会還元としてつくったものが、結果として事業化に結びついたという流れでした。 私はマクロ経済学の研究者です。中でも「物価」と「金融政策」を主に研究してきたのですが、2006年から行ってきた物価についてのプロジェクトがナウキャストの提供する日経CPINOWの前身です。

そのプロジェクトを、日本学術振興会基盤研究S『長期デフレの解明』において「東大日次物価指数」として一般公開したところ、多くの人に注目され、また非常に評判が良かった。POSデータを活用した東大日次物価指数は、消費の実態に極めて近い高精度な物価指数が得ることができます。また、ある日の物価を、その翌々日に公表できることから、総務省統計局による月次の消費者物価指数(CPI)よりも遥かに高頻度です。 これらの特徴に加え、当時はアベノミクス、そして日銀がデフレから脱却するために「異次元金融緩和」を始めた時期でもあったことから、大きな注目を浴びました。 純粋な研究物の社会還元という位置づけのもとで始まったことでしたが、奇しくも社会からの評価を集め、事業化のチャンスを得ることができた。それがナウキャストなのです。

NEXT

SCROLL or CLICK

SECTION02

斬新なデータの使い方が起業を導いた

坂本:
UTECの投資戦略には3つの指針があります。ひとつは「優れたサイエンステクノロジー」を有していること。2つ目は「強力なチーム」を持っていること。3つ目が「グローバル課題」にチャレンジしていること。ナウキャストのように、この3つの要素を満たすスタートアップ企業に投資をしています。 まず日経CPINOWの前身である東大日次物価指数という、優れたサイエンステクノロジーはどのような着想によって生まれたのか。お話いただけますか?
渡辺:
振り返ってみれば、経済学の研究に、新しいデータの使い方を持ち込んだところに、私たちなりの思いつきがあったわけです。 東大日次物価指数のプロジェクトを進めていた当時の私は、独自の分析方法を生み出して研究し、オリジナリティの高い論文を書こうと考えていました。様々な価格のデータを集めたのですが、その中で着目したのがスーパーマーケットのPOSデータを使い、新しい物価指数を作ることでした。 POSデータは、今でこそ消費活動における「ビッグデータ」と呼ばれていますが、私が研究を始めた当時はそんな言葉はなく、「業務データ」とだけ呼ばれていました。企業の業務の一環として“集まってしまう”データであり、利活用されていない状況でした。それを経済学者が使うことによって、良い研究を生み出すことができ、幸運にも事業に結びつけることができたのです。
坂本:
ナウキャストは、非常に珍しい、経済学発のベンチャーでもありますね。経済学において、起業に向いている分野はありますでしょうか?
渡辺:
サイエンスの中でも自然科学系からはたくさんのベンチャーが起業されている一方、経済学のような社会科学系、また文学のような人文科学系からの起業は数が少ないのが現状です。 経済学の文脈で言えば、発展途上国における貧困の原因を解明し、国を豊かにするための開発の戦略を探求する「開発経済学」のような分野でもさまざまなデータが使われはじめています。たとえば、対象となる国の統計が未整理であったりすると開発状況を把握することが困難になるわけですが、現在は人工衛星やさまざまなセンサーから取得できるデータを用いれば把握することができます。 進展がめざましいデータサイエンスや機械学習と、人文科学や社会科学の知見が組み合わされることで、新たな起業が創出される可能性は十分にあると私は考えています。

NEXT

SCROLL or CLICK

SECTION03

「餅は餅屋」を地で行くチームワーク

坂本:
「強力なチーム」という視点からお話をお聞きしたいのですが、ベンチャー起業では、何を事業とするかも重要ですが、誰と行うかも重要です。ナウキャストのチームとしての強みとは何でしょうか?
渡辺:
役割分担を行いながら、メンバーがそれぞれに力を十全に発揮していることでしょうか。現在の私のナウキャストでの肩書きは創業者、そして技術顧問です。たとえば、ナウキャストに使われている経済学の知見についての学術的な説明をする場面であれば私の出番です。ナウキャストが提供している指数は、学術的に確かなものを用いていること、どこの国で発表しても恥ずかしくないものに仕上がっていること、そして長い期間をかけて使うほどに良さが分かるようになっていることを言葉で伝えて信用してもらえるのは、この会社で私だけだからです。 その一方で、経営上の意思決定や、顧客との折衝等に私はノウハウがありませんので、距離を置くようにしています。チームワークでは「餅は餅屋」を大切にしています。
坂本:
現在のナウキャストは、2016年8月の東大発Fintechベンチャーの「Finatext」との経営統合を経て、同社の林良太氏がCEOに就任しています。つまり創業者とCEOを別の人物が担っていて、しかもチームワークがうまくいっている。こういった例もまた、ベンチャーとしての強みだと感じます。
渡辺:
私がこの会社をつくった目的は、ビッグデータを活用した物価指数の利用を、世の中に広めることです。極端に言えば、研究の社会還元として公開していた東大日次物価指数で広めることができるのであれば、それでもよかったのです。しかし大学の研究では社会との接点も少なく、広めるのは難しい。持続性も保証できない。だから起業という選択をしたのです。 経営統合を経た今、ナウキャストはより多くの方に活用していただいて、私の目的を実現しつつあります。目的が概ね果たされている以上、経営判断など、私にノウハウがないことに口出しをする必要はありません。判断を間違える可能性があるからですね。

NEXT

SCROLL or CLICK

SECTION04

コンピュータサイエンスが経済学を革新する

坂本:
続いてナウキャストが挑戦する「グローバル課題」についてお話をお聞きしたいと思います。現在、機械学習などのコンピュータサイエンスが急速に発展していますが、それらが経済学と結びつくことで世界の経済の在り方を変えたり、未だ解決していない経済学上の問題を解決する可能性はあるのでしょうか?
渡辺:
おおいにあると思います。私は論文『新規性と話題性を持つビジネスニュースと、それらが株式市場に及ぼす影響』において、新規性と話題性を持つニュース記事が実際の株価に影響を与えていることを報告しています。 具体的には、900万記事を超える英語のビジネスニュースと、2003年から2014年までのニューヨーク証券取引所およびNASDAQ株式市場の分単位の株価データからなるデータセットを使用して検証を行いました。その結果、価格変動、取引量、および取引の数は、新規性と話題性を持つニュース記事に対し、有意な応答を示していることを明らかにしました。 ビジネスニュースと株価の相関を調べようとするアイデア自体は20年ほど前からあったものです。しかし当時は、現在のようにロイターのニュース記事が出る時刻が分単位、秒単位で分かるような時代ではありませんでしたし、ニュース記事を解析する上での「自然言語処理」技術も未成熟だった。そもそも自然言語処理の研究者と経済学者が組んで研究を行うこともありませんでした。

現在はコンピュータサイエンスと社会科学の知見とを融合させた研究手法が実現し、新たな事実が明らかにされてきました。これは研究として大きな成果ですし、経済学の進歩であるとも考えられます。

NEXT

SCROLL or CLICK

FINAL SECTION

FINAL SECTION

教育者として起業の価値を伝える

坂本:
渡辺先生にとって、印象に残っているUTECのサポートを挙げるとすれば、それは何だったのでしょう?
渡辺:
UTECからは、出資に加えて、2つの大きなサポートをいただけたのだと思っています。それは会社の大きなマネジメントと、小さなマネジメントへのサポートです。 大きなマネジメントへのサポートとは、UTECが私の意図を非常によく理解してくださり、企業として目指す大きな方向性を定めていただけたことです。だからこそFinatextとの経営統合などがある中でも、方針がブレることなく経営を続けてこれたのだと思います。 もうひとつの小さなマネジメントへのサポートとは、会社の日々の運営について手助けいただけたことです。ナウキャストに集まったスタッフのマネジメントから、さまざまな契約、顧客の獲得などの具体的業務の司令塔になっていただけたのは心強いことでした。 また、UTECとのお付き合いは、私が起業を考え始めた頃に遡ります。大学の同僚に相談しても、また企業に務められていた方に相談しても、良い回答が得られず苦悩していた頃、とても実践的なアドバイスを下さった。そうした信頼関係の積み重ねがあるからこそ、今があるのだと思います。 もしも東大にUTECがなかったら、また、坂本さんや郷治さんではなかったら、私はどこかで疑うと思うのです。「もしかしてこの人は私を騙そうとしているのではないか?」とね。
坂本:
起業したことで、研究にはどんな影響がありましたか?
渡辺:
使っていただいた方から様々な意見やご提案をいただけるようになったことです。東大日次物価指数の頃にも、もちろん意見は頂いていたのですが、起業したことで社会との接点が広がったことを感じています。たとえば実際にデータをお持ちの企業から「新しい使い方ができないか?」という質問や提案をいただけるようになりました。 私は経済学者ですので、当然社会を相手にしています。こうした社会からの反応は研究の特性上、非常に良いことだと思います。
また、私は大学の教員であることから、研究と同時に教育も行っています。大教室の授業だけでなく、小グループや個別の指導も頻繁に行います。個々の学生と親しくなれば、生活や進路に関する相談も多くなります。その際に私の起業の体験は大いに生きていると実感しています。
現在、東大経済学部を卒業する学生の中にも起業を考える人が増えてきています。しかも優秀で自信のある学生ほどその傾向が強いと感じています。しかし本人が起業に乗り気になったとしても、両親にはなかなか相談できませんし、信頼できる相談相手も学生であれば周囲にいません。
日常から頻繁に接している指導教員である私に対しては、彼ら彼女らも積極的に相談できます。その際に、数々の失敗も含めた起業の経験が役に立っています。
実際に私の周りの学生は学部卒業後すぐにベンチャーを起業したり、大きな会社に数年務めた後にベンチャーへ転身したりする学生が多く、良い影響を与えることができているのかなと思っています。
日本の将来を支える若い人たちが、役所や大企業にのみ向かうのではなく、起業する風土をつくるのにわずかながらでも貢献できているのかなと感じています。