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02 STORY popIn UTEC

東大発ベンチャーが仕掛けた、
ネットの「読む」の再発明。

popIn株式会社
代表取締役
Cheng Tao
UTEC
マネージングパートナー
Tomotaka Goji

PROLOGUE

popIn(ポップイン)はWebメディア上で記事のレコメンデーションを行うウィジェット「popIn Discovery」を提供しています。これは、メディア上で読者がもっとも読みたい情報、欲しかった情報を適切に表示させる技術です。そして、この技術を支えるのが、記事の読了状況に着目した、独自の新指標「READ」。 Webページにおける従来の量的な指標である「PV数(ページ・ビュー数。ユーザーがアクセスした記事ページの総数)」ではなく、「どのように読んだのか」という質的な“読了状況”を測る指標を用いることで、ユーザーにより満足度の高いメディア体験を提供し、メディア運営者のネイティブ広告収入を最大化します。 同社は2015年5月に、検索エンジン大手企業に買収され、話題となりました。そして創業者の程涛氏が同社を起業したのは東京大学情報理工学研究科の在学時。世界に飛び出した“東大発ベンチャー”の軌跡を、創業時から並走したUTEC代表取締役社長、郷治友孝と語ります。

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SECTION01 : 新しいネットの「読む」、READ

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SECTION01

新しいネットの「読む」、READ

新しい「読む」指標、「READ」は今、数多くの日本のメディアへの導入が進んでいます。「YOMIURI ONLINE」「毎日新聞」「マイナビニュース」などの新聞メディアから、「TechCrunch 日本版」や「Engadget 日本版」など、その採用は、大手メディアの約9割に広がっているといいます。

程:
たとえば専門性の高い記事は、不特定多数に多く読まれる性質のものではないため、PV数だけではその記事の正確な価値を測ることはできません。そんなPV数では測れない、読者が価値のある時間を過ごしたかどうかを可視化できるのが、READという指標です。

READは、記事コンテンツを画像とテキストに分解して認識し、ユーザーがそれらに適切な時間をかけて接触したかどうかを測定し、読了状況を把握。その測定をもとに、メディア運営者には「熟読層」「閲覧数」「流し見層」といった、読者の属性を分けたレポートを表示させることができるといいます。

このREAD指標を、独自のレコメンドエンジンと掛け合わせることで、読者は自分がもっとも熟読したジャンルやテイストの情報の“オススメ”を受けることができます。これを、昨今は1000億円の市場規模も見込めるという「ネイティブ広告(メディアにおける一般記事と体裁が同じであったりする、狭義の“広告に見えない広告”)」と掛け合わせることで、メディアの高収益・高効率化が実現します。
程:
READと独自のレコメンウィジェット「popIn Discovery」によるネイティブ広告の最適化は、メディアにとって大きなメリットをもたらします。ネイティブ広告の情報を、もっとも求めている人に、最適な形で届けることで、広告収入の最大化と最適化を同時に実現することが可能なのです。

SECTION02 : 社長探しに始まった起業

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SECTION02

社長探しに始まった起業

そんな程氏と郷治友孝との出会いは、程氏の東京大学大学院の在籍時である2008年。スマートフォンの黎明期と重なります。

郷治:
最初に会ったのは2008年の4月でしたね。当時程さんが考えていたものは、今のものとは異なる、ユーザーインターフェイスのサービスでした。
程:
私は東京大学情報理工学研究科の修士2年。自然言語処理の研究をしながらユーザーインターフェイスの研究をしていました。
最初のアイデアは「なぞって検索」というものでしたね。当時はまだiPhoneも発売されて間もない時期で、決して使いやすいとは言えないものでした。今では当たり前ですが、ユーザーは画面を指でなぞって“コピー&ペースト”して、YouTubeやGoogle検索を行います。私はその際に、周囲の情報を邪魔する“Pop Up”ではなく、表示されている記事の中に検索結果などを埋め込んで表示する新しいユーザーインターフェイス「popIn」を開発していました。
結果としてこの名前が会社名になって今に至っています。
郷治:
話を聞いた時、アイデアもさることながら非常に新鮮だったのは、程さんが「僕の夢は会社をつくって売ることです」と話していたこと。当時は起業したばかりのベンチャーのM&Aなんて、日本では非常に珍しいことでしたからね。


意気投合した2人は、その場で起業の事業計画をつくろうという話になりました。起業の場所についても、東京大学アントレプレナープラザ内のUTEC EIRルームという一室で準備を進めよう、という話になったのです。しかし、思わぬ難題に話が及びます。

郷治:
程さんは中国からの留学生だった。留学ビザで来日していると、在留資格としては代表取締役に就くことはできないことに気付いたんです。このままでは、起業するにも社長になれない…。初対面の研究室の場で、まさかの社長探しが始まりましたね(笑)。
程:
ふと、その場にいた日本人の同級生が目に止まりました。そこで「あれ? たしかまだ仕事決まってないよね?」と。
郷治:
聞けば、修士2年で、来年の就職が内定しているとのこと。即座に、「就職するまでの間でいいから…社長やってみない?」ということで(笑)、日本人同級生が急遽popIn初代社長にアサインされました。ちなみにその同級生の寺田博視さんは“伝説の社長”として職務を全うし、無事、翌年の4月に内定先に就職いたしました。

NEXT

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PROBLEM

まさかの社長探しで始まった起業でしたが、2008年の7月、程さん、寺田さん、UTECを創業株主とする「popIn」が誕生しました。しかしその起業は順風満帆とは程遠い船出でもありました。

SECTION03 : レコメンドの本質から見えた、
「読む」の可視化

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SECTION03

レコメンドの本質から見えた、
「読む」の可視化

程:
“popIn”を個人のブロガーなどに提供していったのですが、思うように収益を出すことができず、2009年の後半には資金が尽きかけていました。
そんな時、ニュースメディア大手のマイナビから「サイト内検索エンジンをつくってくれないか?」というオファーをいただきました。今やニュースメディアの新着記事検索は当たり前のようにできますが、当時はGoogleでも難しかった。私はプログラマーとして自然言語処理も検索エンジンも学んでいたので、さっそくサイト内検索エンジンもサービスとして提供することにしました。

これが大きな方向転換となりました。このサイト内検索エンジン開発が、関連記事のレコメンドエンジン開発にも結びつき、popInはBtoCからBtoBへのビジネスモデルにシフトすることになったのです。2013年には単月黒字を達成し、着実に実績と売上を伸ばしてゆきました。

しかし時代はネイティブ広告の市場拡大の機運に沸き、ユーザーに対して適切にネイティブ広告を提示できるレコメンドエンジンの開発競争はより熾烈になりました。アメリカからは非常に付加価値の高いサービスを無償で提供するライバルも日本に参入しました。

程:
そのとき、レコメンドの本質とは何かを深く掘り下げて考えました。レコメンドの役割の本質とは「ユーザーの満足するものを提供すること」です。しかしユーザーの満足度は主観的なもの。それを測定するためにはどうすればいいのか――。そのときに「読了率」という指標を思いつき、READの開発に繋がりました。

FINAL SECTION : 世界の「読む」を変える

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FINAL SECTION

FINAL SECTION

世界の「読む」を変える

こうして起業から7年間の試行錯誤を経て、popInは検索大手企業にM&Aされます。程氏は夢を叶えましたが、インターネットの世界における7年間は長時間です。たとえばiPhoneが発売された2007年を今から振り返れば、まだインターネットにつながるスマートフォンは普及していなかった時代です。郷治は、この時間を自信を持って見守ったといいます。


郷治:
私はVCとして、できたテクノロジーの目利きだけをして「いいねえ、じゃあお金出してやるよ」といった投資ではなく、創業者の熱い思いにきちんと投資したいという気持ちがあります。もっともテクノロジーのポテンシャルはしっかり詰めていきますが、そのポテンシャルを引き出すのも、困難を乗り切って成果をあげるのも、情熱のなせることです。 サービスがスケールせず、良い結果に結びつかない時期の程さんの苦悩はひしひしと伝わってきました。とはいえ、「この人ならきっとやり遂げる」と、そのほとばしる熱い思いを信じていました。 程さんが日本での事業経験の少ない中で苦労していれば激励しましたし、私も人探しをしたり、大手検索会社の役員と会ったりして、ともに試行錯誤を重ねていきました。popInのM&Aにおいて意思決定に関わったいくつかの検索大手企業の責任者も程さんに紹介しています。
程:
僕は起業家として本当にラッキーだったと思っています。郷治さん、そしてUTECの協力と産学連携があってこそ、夢を叶えることができました。いいものをつくれば、使ってもらえるということが分かった。それはとても大きな自信になりました。

popInはこれからメディアとユーザーの関係性をどんなふうに変えていくのでしょうか?


程:
ユーザーの体験を変えるのは、情報の接触の仕方です。よりレコメンドエンジンの質を高めることで、ユーザーは情報の所得時間を短縮でき、さらに満足度の高い情報を取得していくことができます。
そのためには今後、情報インターフェイスにも注力していきたいと考えています。まだまだスマートフォンで情報の取得率の高い、最適なフォーマットというものはできていないのではないでしょうか? 
そして今後も世界へ影響を与えるようなサービスをますます生み出してゆきたいと考えています。

popInはすでに中国の大手メディアにも導入が進んでおり、今後はアジア市場に広く展開してゆくといいます。程氏のネットの「読む」の再発明は、まさに今、世界にその可能性を広げはじめたのです。