FROM SCIENTIFIC FOUNDERS

03 STORY MICRO
WAVE
UTEC

マイクロウェーブが起こす、化学産業のビッグウェーブ。

マイクロ波化学株式会社
取締役CSO
Yasunori Tsukahara
UTEC パートナー Naonori Kurokawa

PROLOGUE

電子レンジでお馴染みの「マイクロ波」の技術をつかって、100年以上変わっていない、ものづくりの世界を変える。それがマイクロ波化学のミッションです。19世紀後半以降の化学産業において、化学品を製造するための主なエネルギーは「熱と圧力」でした。その化学産業が使用するエネルギーは産業界全体の約30%、二酸化炭素の排出量は17%にもなります。
マイクロ波化学が挑んでいるのは、化学産業で使われるエネルギー源を、すべてマイクロ波に置き換えること。その効果はエネルギーの使用量を3分の1にし、化学工場などの用地面積を5分の1に縮小するほどだといいます。そんな化学産業革命を仕掛けているのはマイクロ波化学取締役CSO塚原保徳氏。多様な企業との共同事業も始まるなど、着実に化学産業界の“ビッグウェーブ”となりつつある同社の歩みを、UTECパートナー黒川尚徳とともに語ります。

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SECTION01 : マイクロ波は「化学産業革命」をもたらす

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SECTION01

マイクロ波は「化学産業革命」をもたらす

化学プラント(工場における製造設備)の心臓部には「リアクター」と呼ばれる化学反応を起こす装置があります。リアクターの働きによって化学プラントでは、原材料から医薬品、ナノ材料、電子材料などさまざまな機能性化学品が製造されています。
リアクターで化学反応を起こすためにはエネルギーが必要です。マイクロ波化学が目指すのは、化学反応のためのエネルギーの伝達方法を、従来の熱伝導による方法からマイクロ波に置き換えることです。
化学反応のためのエネルギーの伝達方法は、キッチンの調理器具にたとえられます。化学産業が勃興した19世紀後半以降用いられてきた主流の従来法は熱伝導でした。いわば鍋をコンロで火にかけるようなものです。長い歴史と成熟した技術があるものの、対象を容器外部から加熱するため、加熱時間が長く、全体が均一に加熱できないなどの短所があります。
一方のマイクロ波によるエネルギー伝送は、いわば電子レンジです。対象の分子を直接振動させることによって加熱するため、容器内部から均一に加熱でき、さらに加熱時間も短縮できるという長所を持ち合わせています。

塚原:
マイクロ波の特徴は、ある特定の分子に、選択的にエネルギーを伝達できることです。たとえばお弁当を電子レンジで「チン」すると、水分だけを選択的に加熱することができる。だから水分を多く含む中側の具材は温まり、外側のプラスチックは加熱されません。これと同じことを化学プラントで起こすわけです。たとえば特定の触媒、溶剤、基質などに対し、選択的にエネルギーを伝達させ、化学反応を促進することができる。これこそが、私たちマイクロ波化学の最大の売りなのです。

これまでにも産業に応用すべく、マイクロ波を用いた製造プロセス「マイクロ波プロセス」を開発しようとする議論は行われてきました。しかし製造装置を大型化することが非常に難しく、産業レベルに応用することは「ほぼ不可能」とすら考えられていました。小さな実験用電子レンジはつくれても、巨大な産業用電子レンジをつくるのは難しいというわけです。
マイクロ波化学のブレイクスルーは、このマイクロ波の常識を打ち破り、大型化しても同等の効果を発揮できる基盤技術を独自に開発したことでした。

黒川:
家庭のキッチンで起きた生活革命と同じことが化学産業でも起こせるのではないか。その期待こそ、UTECがマイクロ波化学へ投資した大きな理由でした。
かつての家庭のキッチンにはガスコンロしかなかった。しかし現在は電子レンジもガスコンロと同等の必需品になり、新たな食生活が生まれています。同様に、すべての化学工場でマイクロ波の製造装置が必需品になれば、マイクロ波化学は化学産業全体に革命を起こすことができるのではないか。そんな大きな期待を抱いているのです。

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SECTION02

「一号ラインの壁」を共に超えた、伴走者

マイクロ波化学は塚原氏と、代表取締役社長CEOである吉野巌氏が共同で創業しました。創業以前、塚原氏は「大学の研究シーズを世の中に出していきたい」という気持ちから大阪大学大学院の工学研究科で化学を研究していました。また、吉野氏は大学卒業後、三井物産に就職し化学品を担当。その後渡米し、カリフォルニア大学バークレー校でMBAを取得する中、新技術によって世界にインパクトを与えるベンチャーの起業に強い関心を抱いたといいます。
吉野氏は帰国後の2006年、とある知人の紹介で塚原氏と出会います。ふたりは約1年間、連絡を取り合って情報交換を進め、2007年にマイクロ波化学を創業します。「化学プラントのグローバルスタンダードになる」ことを掲げてスタートした当時のオフィスは、マンションの一室でした。

塚原:
起業からの10年間は、化学産業界にマイクロ波プロセスを普及させるにはどうすればいいか、その方法を模索し続けていました。
起業初期の約3年間は、一般的なベンチャー起業のセオリーを重視していました。つまり、できるだけ大きな資産を持たないようにし、コアな技術を売っていくことを第一に考えていました。当時は社会的にも注目されていたバイオディーゼルを、マイクロ波によって工場の廃油からつくりだす技術を開発し、買ってくれる企業を探していました。
しかし、マイクロ波は社会的な実績のない新しい技術。技術力の高さは評価されても、化学産業界へ普及させるためには、“前例”つまり、実際の工場で稼働している一号ラインが必要でした。

マイクロ波化学は、この「一号ラインの壁」を打開すべく「自社工場を建設し、実証する」という選択をします。「前例がないのであれば、自分たちで作ってしまおう」という逆転の発想でした。さっそく塚原氏らは自社工場建設のための資金調達に奔走します。
しかしこの発想は、金融機関やベンチャーキャピタルから酷評されます。工場という、建設費も維持費もかかる大きな資産を持つことは、ベンチャー起業のセオリーを逸脱していたからです。その中でただひとつ、技術力と将来性を評価し、投資を行ったベンチャーキャピタルがUTECでした。

黒川:
2009年のNEDOの展示会で塚原さんと吉野さんにお会いした時、私はすぐにマイクロ波プロセスを大型化できたら化学産業が大きく変わるだろうということは感じました。私は大学院で応用物理学を専攻していたのですが、研究分野が偶然にもマイクロ波化学の分野と近かったからです。また、塚原さんは偶然私と同窓生同士であり、同じ学会にも所属していたことも影響していると思います。
とはいえ、出会ってから1年半程度は投資に至る決断はできませんでした。当時のコアな技術を売るというビジネスモデルやバイオディーゼルという対象品目ではベンチャーキャピタルの投資に適合しないのではないかと考えていたからです。
塚原さんと吉野さんと時間をかけて議論を重ねるうち、現在大阪で稼働している「M3K」と呼ばれる自社商用工場を作り「一号ラインの壁」を我々で乗り越え、その実績を起爆剤として「コアな技術を売る」ビジネスモデルに発展するというグランドデザインができたことが投資に踏み切るきっかけになりました。

そうして2011年にUTECから約1.2億円を調達し、世界初のマイクロ波化学のプラントが神戸市もの作り復興工場内で誕生します。同プラントでは、化学品を日産2トン製造できる規模の設備を実現しました。

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SECTION03

マイクロ波化学を世界中のプラントへ

今、私たちはマイクロ波で生まれた「インキ」で印刷された新聞を読んでいるのかもしれません。
2014年、マイクロ波化学はUTECと共に約10億円を新たに資金調達し、世界初の大規模マイクロ波化学プラント「M3K」を完成させます。ここではインキの原料である脂肪酸エステルをマイクロ波プロセスによって製造。新聞の印刷に用いられるインキの製造販売を手がける国内大手インキメーカー「東洋インキ」に向けて出荷されています。また、M3Kへは現在までに150社もの企業が視察に訪れているといいます。

塚原:
世界初の大規模マイクロ波化学プラント建設ということで資金調達には苦労しました。金融機関、ベンチャーキャピタル、事業会社、政府機関などUTECさんと一緒に訪問し一年以上かけて約10億円を調達することができました。M3Kの成果は「本当にマイクロ波プロセスはスケールアップができるのか」「法令対応は大丈夫か」といったお客様の疑問や要望を、実際に稼働しているプラントでもって確認いただける場所を生み出せたことでした。事業戦略としては最初の実証を終えたと位置づけています。現在は実際の企業の中にマイクロ波プロセスのプラントをつくる事業展開、技術のライセンスや共同事業の創出へと進んでいます。その第一号となったのが食材・工業用途向け素材を扱う太陽化学でした。太陽化学の敷地内で2016年に稼働した工場においては、心臓部のマイクロ波リアクターのみならず全プラントを我々で設計しています。
マイクロ波プロセスを指数関数的に世界へ広めるためには、実際の企業に導入いただかなければなりません。そのために現在、企業へとマイクロ波プロセスの技術が適切に移行する仕組みをつくり、展開しています。

新しく事業を展開してゆく上でUTECからのサポートは資金提供だけに留まりません。塚原氏はUTECによるグローバル企業とのネットワーキングを大変重宝しているといいます。

塚原:
私たちに直接繋がりがない海外の企業と出会う機会を提供いただいているのは非常にありがたいと思っています。私たちが直接、コネクションをつくりにいくと、単なる「売り込み」になってしまいます。もちろん弊社へ投資はしていただいていますが、比較的中立な立場であるUTECさんがコネクションをつくっていただけることは、本当に助かっています。
黒川:
それは私たちが、マイクロ波は世界中の化学プラントで使われる技術になると確信しているからでもありますね。実際つないだいくつかの企業とは共同開発につながる話も生まれています。例えば業界最大手のBASFとか。これらを発展させてグローバル企業と共同事業を始めるところまでをお手伝いして化学産業革命を実現したいと思っています。

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FINAL SECTION

FINAL SECTION

純粋な願望こそ、革新の原動力

今後マイクロ波化学は、マイクロ波プロセスの有用性を、実際の企業とともに、様々な分野で実証してゆきます。前出の新聞のインクに続き、食品添加物、医薬、機能性材料、電子材料、燃料にも、その技術は幅広く使われはじめています。
2018年には電子デバイスのタッチパネルに使われる電子材料のプラントが、さらに2019年にはUTECの投資先でもあるペプチドリームにおいて、ペプチド医薬品を製造するプラントの稼働を目指しています。そしてマイクロ波化学は現在、上場に向けて事業の足場を固めている状況です。

黒川:
IPOを通し、資金調達の規模を一桁高めさらに大きな事業にチャレンジできるようなグローバル会社へとステップアップしていただきたいと思っています。その実現の為に、しかるべきタイミングで然るべきリソース支援を行うのもUTECの仕事です。IPO準備で重要な管理担当人材招聘の為に吉野さん、塚原さんと手分けして全国奔走しました。顧客の拡大、事業開発加速、組織構築の為に、グローバル大手化学会社で長年経営をご経験された方を口説いて招聘したり。
塚原:
ペプチドリームさんの件では、UTECの片田江さんはじめチーム一丸となってご支援いただきました。

マイクロ波化学が掲げる「化学プラントのグローバルスタンダードになる」夢は着実に実現へと進み始めています。世界を変える発明を仕掛ける塚原氏、その原動力は「自分が何をやりたいかをきちんと理解する」ことだといいます。

塚原:
マイクロ波はCO2の排出量を削減し、エネルギーに関するさまざまな問題を解決し、社会に貢献する可能性を秘めています。このマイクロ波で500兆円という巨大な化学産業の市場を大きく変えたいという願望が、私の原動力なのです。自分が本当に何をやりたいかが明確だったので、やりたいことがやれる場であるベンチャーを起業するというのは自然な流れでした。日頃から研究者の方々から、「起業すべきかどうか迷っている」と相談を受けることがありますが、私自身は、「自分が本当に何をやりたいか」を突き詰めた時、自然と一歩踏み出すことができました。研究者の皆さんにも自分の一歩を踏み出していただきたいと思います。