FROM SCIENTIFIC FOUNDERS

04 STORY UTEC Hiroaki
Suga

インベンションをイノベーションに
発展させる
そのための研究と
経営の理想的なあり方とは

UTEC パートナー Mariko katadae 東京大学大学院
理学系研究科 化学専攻
生物有機化学教室 教授
Hiroaki Suga

PROLOGUE

2013年6月に東証マザーズへ上場し、2015年12月には東証1部変更を果たしたペプチドリーム。同社はもはや、ベンチャーの域を脱した企業です。2017年6月期の売上高は48億9500万円、営業利益は24億9000万円、売上高営業利益率は50.9%にも達しました。高収益の原動力となっているのが、同社独自の創薬プラットフォーム「PDPS(ペプチド・デリバリー・プラットフォーム・システム)」であり、このシステムを開発したのが、東京大学大学院理学系研究科の菅裕明教授です。菅教授は、まず特殊ペプチドを合成するフレキシザイム技術を開発した後、試験管1本の中に1兆種類ものペプチドをつくる技術「FITシステム」、さらに数千億から兆単位の特殊ペプチドを高速・正確にスクリーニングする「RAPIDディプレイ」を相次いで開発しました。これら最先端技術を統合したPDPS活用による提携先との共同研究契約と、契約先にPDPS技術を貸し出す技術ライセンスによる収入が、高収益の源です。前回は、その創業者であり現在、代表取締役会長を務める窪田規一氏にお話を伺いました。今回は、同社の共同創業者であり社外取締役を務める菅裕明教授と、その研究の卓越性に早くから注目してきたUTECパートナー・片田江舞子が、ベンチャーにおける研究と経営の理想形について語ります。

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SECTION01 : 研究者が起業する
そのための理想の条件とは

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SECTION01

研究者が起業する
そのための理想の条件とは

遺伝暗号を思いのままに変化させたい。大学院時代から既に途方もないアイデアを温めていた菅氏は、修士課程を終えるとアメリカに渡り、米・ハーバード大学で博士研究員としてリボザイム(RNA触媒)の基礎研究に取り組みます。その後、米・ニューヨーク州立バッファロー大学化学科に助教授として迎えられ、フレキシザイムのプロトタイプ開発に成功しました。
2003年、東京大学先端科学技術研究センターに准教授として招かれて帰国、翌年教授となります。2005年にはフレキシザイムの特許を出願し、2006年にフレキシザイムの論文を発表、これが「Nature Methods」に掲載され話題となりました。この間に特許出願を通じてつながりのできた東京大学TLO、およびUTECから会社設立を勧められます。

菅:
フレキシザイムの研究を始めたときから、薬の開発を視野に入れていました。当初は非天然アミノ酸や非天然ペプチドなどとネガティブな呼び方をしていたのを、途中で特殊アミノ酸や特殊ペプチドと名前を変えたのは、薬となったときのイメージに配慮したからです。研究成果を世に出す形での社会貢献は、常に意識していました。
創薬を事業化するには会社を作らなければなりません。ただし、私は社長をやらないと決めていました。そこで経営を任せられるプロを探してほしいと東大TLOとUTECに頼みました。これが2005年の秋でした。
片田江:
初めてフレキシザイムの話を聞いた時、その卓越した研究成果に豊かな可能性を感じました。当時はもちろんまだこの技術で薬ができたという実績はなかったのですが、遺伝暗号とアミノ酸の対応を示すコドン表を自由自在に組み替えることができるフレキシザイムの話を聞いたときの感動は今でも鮮明に記憶しています。私たちは菅先生に起業してもらいたい一心で、次々に4人の社長候補をご紹介しましたね。
菅:
その中の1人が窪田規一氏、話をした時の理解力とレスポンスの鋭さが印象的で、ビジネスマンとしての能力に秀でていると感じました。一方で、いかにも人の良さそうなお人柄にも惹かれました。だから片田江さんに「窪田さんが社長になってくれるなら会社を作る。彼が社長にならないのなら、会社は作らない」と伝えたのです。ところが、窪田さんがOKしてくれるまでに半年ぐらいかかりましたね。
片田江:
実は窪田さんも、最初から乗り気だったんですよ。それぐらい菅先生のプレゼンテーションからは強いインパクトを受けたと仰っていました。先生の、およそ教授らしくない佇まいにも好感を持たれていました(笑)。先生と話をされている時の様子からは、傍目で見ていても、意気投合しているのが伝わってきました。ただ、関わるからには全力を尽くす、責任をもって経営を担う、そのための準備に時間が必要だったんだと思います。

大学発のベンチャーでは、研究者自らが経営者を務めるケースがあります。けれども、起業に際して菅教授は、外部から経営のプロに入ってもらうことにこだわりました。その理由は、研究と経営の間にきっちりと一線を画すためです。一緒に創業する社長については、お互いが尊敬し合える相手であることが絶対条件でした。研究者が経営者を雇っているような感覚を持つと、事業は確実に失敗すると考えたからです。

片田江:
当時の私はまだ20代でしたが、窪田さんと菅先生の凄さはそばで見ているだけでもひしひしと伝わってきました。このお二人が一緒にやれば、すごい会社ができる。そんな思いを強く持ったのです。ところが、菅先生は、もう一人、役者が足りないと考えておられましたね。

PROBLEM
研究者、経営者の両輪が揃っているにも関わらず、もう一枚、駒が必要。事業を回していくため必須の存在、と菅教授が考えたのがサイエンス・ディレクターです。それなら研究者自らがやればよいと普通なら考えるところですが、そこを軽く流さないところに菅教授のこだわりがありました。事業会社のサイエンス部門を教授自らが指揮すると、知らぬ間に基礎研究に流れてしまうリスクがあります。本来事業体であるはずのベンチャーが、研究室の延長線上のような動きをするのは本末転倒以外の何物でもない。もとより、その危険性を自覚している菅教授が、そのような愚を犯す心配はゼロに等しい。けれども、サイエンス・ディレクターを置けば余計な気遣いすることなく、自分は研究に専念でき、会社は事業に邁進できる。菅教授は、CSO(Chief Science Officer)を外部から招聘します。

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SECTION02

組織作りに見る
卓越した戦略性

菅:
サイエンスのディレクションを任せる人物として、リード・パトリックを引っ張ってきました。CSOに自分の研究室の人間を充てることがありますが、それではCSOを置く意味がありません。研究室の人間は、どうしてもボスである教授の顔色をうかがってしまいがちで、教授も無意識のうちに、弟子を自分の意のままに動かそうとする。だから、私はまったく外部の人間に、技術をすべて委ねました。事業が進み、彼が私の言うことを聞かなくなれば、それこそ事業がうまく行っている証であり、望むところと考えていたのです。
片田江:
CSOにアメリカ人が就任したことは、事業を大きく推進する力になりました。海外のメガファーマにとっては、サイエンスや創薬を理解していることは大前提ですが、交渉窓口が日本人であるよりアメリカ人であるほうがコミュニケーションに対する心理的ハードルが低い為か交渉のスピード感にも弾みがつきました。

2006年の創業後しばらくの間、ペプチドリームは菅研究室の技術吸収に努めて、事業遂行の基盤固めに集中します。技術力を固めた段階で、海外とのディールに乗り出し、最初の案件が2008年に成立しました。この間の資金を支えたのは、創業者3人による出資金に加えて、親族や友人など創業者を応援してくれた身近な人たちからの支援です。

片田江:
私たちとしては、機が熟すのをじっとお待ちしていました。その間私は、できることは何でもするという心づもりでこまごまとお手伝いをしていました(笑)。
菅:
会社としての枠組みが、きっちり固まってからのほうが、投資リスクも下がるでしょう。実際、特殊ペプチドについては当初、日本の製薬企業は揃って見向きもしませんでした。彼らは過去にペプチドに手を出して失敗している上、私の技術が新しすぎてよくわからなかったんだと思います。結果的に、最初の契約相手は海外の製薬企業でした。
片田江:
その契約で、窪田さんとリードさんのビジネス対する自信を感じました。一般的なバイオベンチャーなら、世界的なメガファーマから声をかけられると、先々のビジネスへの影響を十分に考慮せずに、先方に優位な条件で契約してしまいがちです。そうなると足元を見られるところですが、二人は、最初の契約からきっちり、提携する事業の中身を詰め、提供する価値に見合った対価をいただくビジネスをつくられました。
菅:
私が海外で講演してフレキシザイム技術の広報に努める。これに興味を持ったところをペプチドリームに繋ぐ。役割分担がうまく行った上に、タイミングの妙にも恵まれました。これがもう1~2年早いと技術を理解されないまま芽が出なかった可能性があります。逆に1~2年遅れていると、今の独占的なポジションを確保できなかったおそれがあります。我々の技術の優位性が誰の目にも明らかになるタイミングで、事業を一気に展開できたのが成功要因の一つです。

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FINAL SECTION

FINAL SECTION

バイオベンチャー特有の
死の谷を乗り越える経営

ペプチドリームのインカムには2つのルートがあります。一つは、PDPSを活用した創薬の候補物質の共同研究から得るフィーであり、もう一つは、PDPS技術を貸し出す技術ライセンスフィーです。共同研究では提携時には一時金、目標達成時にマイルストーン収入、創薬が成功し上市された後にはロイヤリティ収入が入ります。これにより創薬ベンチャーが陥りがちな「死の谷」を回避しました。現在、グローバルパートナーが17社、テクノロジー・トランスファー(技術移転)5社など国内外の製薬大手と契約を締結。資金面で余裕を確保した同社の次の目標は、オリジナル創薬を開発し「ダーウィンの海」を渡りきることです。

菅:
UTECさんにお世話になりながら申し訳ない話ですが、当初はIPOをするつもりなど全くありませんでした。市場での大型資金調達が必要ないほど、事業がうまく回っていたのです。むしろ将来的には、提携先のどこかに買収される可能性を考えていました。
片田江:
引く手あまたの状況を見ていて、買収の可能性は私たちも予想していました。ただ、パートナー企業がどんどん増えていった結果、最終的にはこの技術を1つの製薬企業に既存させることは得策ではなくなり、どこも買収できない状況になりましたね。
菅:
買収できないのならテクノロジー・トランスファーしてくれと要望する会社が出てきました。技術に自信があったから、通常なら考えられないような条件を出したにもかかわらず、IPO後に5社と提携しています。
片田江:
ふりかえれば、投資を決めた2008年当時は、当然ながらキャッシュフローが読める段階ではありません。私たちは、フレキシザイムをはじめとする科学技術の可能性、それにより世界・人類の製薬の課題を解決できるのか、そこから生まれるグローバルな市場のポテンシャルはどれくらいあるのか、といった点を評価したのです。この会社の素晴らしい技術からは、将来必ず画期的な薬が生まれる。だから投資しましょうという熱意を持って投資させていただいたのです。
菅:
片田江さんは、我々の技術の将来性、創薬による社会貢献を、同じサイエンティストとして信じてくれた。我々が資金を受け入れたVCは、UTECだけです。それは、UTECが我々のサイエンスの可能性を理解し、その将来性や市場性を信じてくれたからに尽きます。

海外の製薬企業と提携する際には、我々の財務状況がデューデリジェンスの対象になります。その意味ではUTECからの1億円の出資を受けたのは、評価を高める上で効果的でした。

ペプチドリーム創業以来、経営と一線を画す菅教授の姿勢は、今も一貫して変わりません。研究と経営の理想的な融合がもたらしたペプチドリームの成功事例は、技術系で起業に関心を持つ研究者たちの注目の的となっています。インベンションを見事にイノベーションにつなげたペプチドリームの方法論と軌跡は、成功するための格好のモデルとなっているのです。

片田江:
このところ大学の研究者からの起業や事業化に関する相談が、とても増えています。
菅:
UTECのように、サイエンスからの事業化をサポートしてくれるベンチャーキャピタルがあることは、研究者が起業する上で大きなアドバンテージとなります。ペプチドリームもそもそも、一緒に創業してくれた窪田社長をUTECに紹介してもらわなかったら生まれていません。研究者で起業を考えている人は、まずUTECか私に相談してくれればいい。相談するタイミングは、会社を作ってからでは遅い。ぜひ作る前に相談してほしい。バイオ系ベンチャー特有の死の谷をうまく乗り越え、ダーウィンの海を渡りきる方法はいくつもあります。今は研究者にも社会貢献が求められる時代です。事業化の可能性のあるインベンションをイノベーションへと発展させるのは、研究者が常に視野に入れておくべき課題だと思います。
片田江:
ペプチドリームの成功例からは、研究者と経営者がきちっと役割を分担して事業展開する方法論をつぶさに学びました。サイエンスをベースとした起業で世界・人類に貢献するためには、この知見を他の案件に還元していくのが、私たちの次のミッションと心得ています。