近年、ワクチンの存在が注目を集めていますが、ワクチンは汎用的ではなく、インフルエンザにはインフルエンザワクチン、コロナにはコロナワクチンというようにそれぞれの感染症に特化したものが開発されます。これは免疫系に特異性があるためです。生体は外来の抗原に対してその違いを読み取り、それに対応するT細胞受容体(TCR)やB細胞受容体(BCR)を用意する機能が備わっています。これらの受容体を網羅的に解析するレパトア解析プラットフォームを提供しているのが、バイオベンチャーのRepertoire Genesisです。同社はレパトア解析を通じて、大学などの研究機関や製薬企業が行う基礎研究や臨床研究、治験を支援。“「治らない」をなくす”をミッションに掲げて、未解決の医療ニーズに挑戦しています。ただ、理解に高度な専門性が求められる領域であり、投資家からの資金集めには苦労されたと聞きます。その中で、同社の技術にいち早く着目したのがUTECでした。創業者の鈴木隆二氏にレパトア解析が社会に与えるインパクトについて話をうかがいました。
05
STORY
Repertoire
Genesis
世界から「治らない」をなくす
Repertoire Genesis株式会社
代表取締役会長
鈴木 隆二
Ryuji Suzuki
代表取締役会長 鈴木 隆二 Ryuji Suzuki
元 Repertoire Genesis株式会社 代表取締役会長 鈴木隆二氏は2024年4月にご逝去されました。
追悼の意を込め、レパトア解析が社会に与えるインパクトについて2022年10月に伺ったインタビュー記事を掲載します。
ご生前のお姿を偲び、謹んでご冥福をお祈りいたします。
PROLOGUE
SCROLL or CLICK
SECTION01 :自然免疫から特異的免疫に
SCROLL or CLICK
SECTION01
自然免疫から特異的免疫に
東北大学で免疫系を研究していた鈴木氏が免疫の特異性に注目したのは1980年代でした。レパトア解析を四半世紀以上に渡って追究してきた鈴木氏が、2014年にバイオベンチャーを立ち上げた経緯について教えてもらいました。
- 鈴木:
-
私は1979年から20年間、東北大学で免疫系の研究に携わっていました。細胞は、抗原に対して応答できる受容体を、一つひとつのリンパ球上に、理論上は10の18乗程度の数、用意することができます。これを免疫の特異性と言いますが、当時は特異的免疫の全貌が判明しておらず、免疫系の研究といえば自然免疫が主流でした。自然免疫は第一の防御として働きます。ただ、疾患を治すには、やはり特異的な免疫が大事ではないかという思いがありました。
そのうちに特異的免疫について明らかになったことが増えてきて、1983年に製薬会社に移り、特異的免疫の研究に力を入れ始めました。そのころはまだTCRやBCRにどれくらいのバリエーション――それをレパトアといいます――があるのかという遺伝子情報がなくて、一つひとつ拾うことしかできませんでした。私たちのグルーブがレパトアを網羅的に解析する技術を開発したのは1994年。とても画期的で、骨髄移植や腫瘍免疫を研究している一部の優秀な先生方はぜひその技術を使いたいと言ってくれましたが、肝心の製薬会社がこの技術を理解できていなかった(笑)。そこで独立行政法人国立病院機構の相模原病院に移り、自由に研究を続けていました。
好き勝手にできてよかったのですが、国立病院は60歳定年。私が定年を迎えると、さまざまな研究機関から頼まれていた研究が途絶えることになります。後進の研究員たちに任せようにも、一本立ちして科研費を取れるところまで育っていませんでした。社会から期待されている研究を続けるには、起業する選択肢しかない。そこで2014年にRepertoire Genesisを立ち上げました。
SECTION02 : 技術を唯一理解してくれたのがUTECだった
SCROLL or CLICK
SECTION02
技術を唯一理解してくれたのが
UTECだった
鈴木氏は会社を立ち上げるにあたって資金調達に奔走します。ところが、技術が高度かつ専門的であり、VCに説明してもなかなか理解されませんでした。その中で一人のベンチャーキャピタリストと出会って事態が動き始めます。
- 鈴木:
-
最初は大阪のVCをいろいろ回りました。でも、どこも「レパトアって何ですか?」という反応で……。もちろんレパトア解析の重要性をかみ砕いて説明をして、論文も紹介しました。それでも伝わらないのか、結局、「どんな薬ができるんですか」ということにしか興味が持てないようでした。
投資家には「この病気を治すために、こんな低分子化合物を開発します」と言ったほうがウケがいいんです。しかし、レパトア解析は体の仕組みの一番大事なところを理解するための方法であり、健康状態、病態、さらには病因までつきとめることが可能です。その汎用性や将来性についてはなかなか理解されず、残念でしたね。
困っていたときに知人から紹介してもらったのがUTECです。そもそもVCに期待する気持ちが薄れていたうえに、UTECは東大発ベンチャーを中心に手がけるVCという認識だったので、大阪の自分たちにとって敷居が高い印象がありました。東京に説明に行ったときも、ダメもとの気持ちでした。
ただ、行って正解でした。そのとき対応してくれたベンチャーキャピタリストが、現在はUTECで取締役/パートナーを務める宇佐美篤さんです。彼はUTECに参画したばかりで非常に若かったのですが、とても勉強熱心で、私の説明を唯一理解して興味を示してくれました。おそらくUTECの他のキャピタリストもはじめは理解に時間を要し、内部では相当議論があったのではないでしょうか。しかし、宇佐美さんが熱意をもって投資委員会を通してくれて2億円の投資が決まり、2014年、無事に会社を設立できました。
NEXT
SCROLL or CLICK
PROBLEM
投資を受けて研究開発を続けられることになったRepertoire Genesisの研究チーム。しかし、いくら研究開発型のベンチャーとはいえ、収益をあげる見込みが立たなければ事業継続は困難です。売上がまったくない中で鈴木氏が取った行動とは?
SECTION03 : 解任も覚悟!? 最高の技術をどこまでも追い求める
SCROLL or CLICK
SECTION03
解任も覚悟!? 最高の技術を
どこまでも追い求める
Repertoire Genesisの事業は、大学などの研究機関や製薬会社に、免疫系に関する基礎研究や、免疫系に作用する治療薬および診断薬の開発における基盤技術を提供すること。創業当初はレパトア解析のさらなる質の向上や応用利用を推進することに注力していましたが……。
- 鈴木:
-
投資してもらった2億円のうち1億円は、ラボをつくる費用に充てました。残る1億円で研究開発を続けようとしていると、宇佐美さんがやってきて、申し訳なさそうな顔で「初年度にたとえば500万円程度でもよいのでビジネスモデルのProof of Conceptとして何か売上の実績を作ることはできませんか」と言われましてね。これは非常に苦労しました。かつて一緒に研究をしていた仲間やつながりのあった製薬会社をまわって、数百万円、レパトア解析の注文を取ってきて、なんとか宇佐美さんの顔を立てることができました。
問題は次の資金調達のシリーズBラウンドです。事業を継続するためには資金調達をしなくてはならないのですが、相変わらず売上は少ないまま。追加投資してほしいと言っても、前と同じ事業内容だけでは通りません。そこで相模原病院で研究していた抗原側の技術も組み合わせた解析サービスを上市することにしました。この計画で納得してくれて、UTECがリードを取る形で総額5億円を資金調達することができました。
UTECとは喧嘩もしました。私たちの最終目標は、検査ではなく治療です。治療を目指すなら、優れた知財と能力を持ったチーム編成をして最高の技術でやりたい。そうしたチームを組める機会があったので投資をお願いしたら、研究開発投資を行う際には資金計画や資金繰りを勘案した上で進める必要があり、ステップがありますと一旦は反対されました。正直、反対されたときは解任されることも覚悟しました。何しろ株主の言うこと聞かないんだからね(笑)。そこをグッとこらえてその後、治療を目指す創薬基盤事業を応援してくれたのは、UTECの懐の深さだと思います。
FINAL SECTION : VC選びは「人」に尽きる
SCROLL or CLICK
FINAL SECTION VC選びは「人」に尽きる
FINAL SECTION
VC選びは「人」に尽きる
2022年5月、Repertoire Genesisは分析・検査サービスにおけるグローバルリーダーであるeurofinsのグループ企業となりました。eurofinsが持つ多様な分析メニューやグローバル製薬メーカーとのパイプを活用することで、“「治らない」をなくす”というミッションを実現させる
考えです。
- 鈴木:
-
今、Repertoire Genesisは、ゲノム編集型TCR-T療法の構築に取り組んでいます。世界初のトライです。成功すれば、この技術を基盤にして細胞治療に新しい道筋をつけられます。簡単ではないですが、誰もやったことがないことをやるのがベンチャー。今後も挑戦をやめるつもりはありません。
UTECには、投資をしてもらっただけでなく、コーポレートの領域でいろいろお世話になりました。私は研究のことはわかっても、管理系の知見はまったくない。それがわかる人をUTECが連れてきて面接してくれなかったら、きっと今も会社として体裁が整っていなかったんじゃないかな(笑)
とくに宇佐美さんには感謝をしています。彼は悩んだと思いますよ。VCとして果たすべき責任と、夢を追う私たちの間で板挟みになってね。日々の売上や実績を作る苦しさに押しつぶされそうになりながら、当社の先端技術が実臨床の場で病気の当事者の方々を実際に救っている様子に触れて、武庫川の河原で原点回帰して涙を流したという宇佐美さんに、「この人に損をさせてはいけない」と誓ったことを覚えています。
VCは結局、人です。起業家は、信頼できるキャピタリストがいるVCを選ぶべき。UTECは、起業家の気持ちになって涙する宇佐美さんのような存在を許している。その一点において信頼に足るVCと言っていいと思います。