FROM SCIENTIFIC FOUNDERS

06 STORY OriCiro
Genomics
UTEC

研究者の好奇心が世界を切り拓く

立教大学理学部 教授
モデルナ・エンザイマティクス株式会社
社外取締役
(元オリシロジェノミクス株式会社
共同創業者兼CSO)
Masayuki Suetsugu
UTEC 取締役 パートナー Atsushi Usami

PROLOGUE

細胞が増える仕組みを試験管の中で再現したい――。オリシロジェノミクスは、立教大学理学部生命理学科の末次正幸教授の科学者としての好奇心から開発に至ったDNAの無細胞増幅技術をベースに設立されたバイオベンチャーです。DNAの合成には大腸菌などの生きた細胞を使う方法が一般的ですが、無細胞で行う技術を確立したことで、よりスピーディにDNAを増幅することが可能になりました。2023年、その技術に注目した米モデルナと買収契約を結び、今後はmRNAワクチンの開発・製造に大きな貢献をすることが期待されています。純粋な科学的興味から生まれた技術が、UTECと出会うことでどのように事業化されていったのか。末次教授とUTECの宇佐美に創業からエグジットまでの経緯を振り返ってもらいました。

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SECTION01 : 革命的ゆえに最初は理解されなかった

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SECTION01

革命的ゆえに
最初は理解されなかった

末次教授が大腸菌ゲノム複製のサイクルを試験管内で再構成する技術を確立したのは2017年。もちろん世界で初めて。UTECと出会ったのは、その前年のことでした。

宇佐美:
先生が研究に本格的に着手されたのは2013年だと思います。きっかけは何だったのですか。
末次:
最初は純粋な知的好奇心ですね。留学先のイギリスで、細胞のタンパク質を光らせてDNAが複製して細胞が増殖する様子を顕微鏡で観察しているうちに、自分の手でこの生命現象を再現してみたいなと思ったんです。もともと成功するとは考えていなくて、うまくいかなくても何か新しい発見があって新しいテーマが見つかればいいという程度の気持ちでした。しかし、いざやってみると複製に必要な26種類の因子が見つかり、DNAが1個から2個、2個から4個と指数的に倍々になっていった。何に使えるかの見通しは立っていませんでしたが、これはすごいと思って特許を出しました。
宇佐美:
初めてお会いしたのが2016年9月でした。2013年末頃に、人工細胞の研究をされている東大の野地博行先生から起業の相談を受けていたのですが、野地先生が内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラムマネジャーをされていて、そのプログラムの研究開発グループの責任者だった末次先生を紹介いただきました。最初に聞いたときに「革命的だ!」と。山中伸弥先生がiPS細胞でノーベル賞を受賞したのが2012年。それに匹敵する、もしくは超え得る技術であり、今後の大きな流れをつくるだろうと直感的に思いました。
末次:
私自身も、これは多くの人に使われる技術になるという確信がありました。そこでまずは研究用の試薬キットとして普及させるべく事業会社と話をしたのですが、必ずしもポジティブな反応ばかりではありませんでした。山中因子は4つですが、私が見つけたのは26種類の因子。それをうまく混ぜ合わせた反応液なんて本当にできるか、投資するにはリスクが高いのではないかと半信半疑だったようです。私の研究室では学部生が普通にそれでDNAを増幅させていたんですけどね(笑)

事業会社の枠組みでやることが難しいなら、自分で起業してやるしかありません。しかし、私は研究者で、事業のことはわからない。どうしようかと悩んでいたときに出会ったのがUTECでした。

SECTION02 : 社会にインパクトを与える
新しい産業をつくりたい

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SECTION02

社会にインパクトを与える
新しい産業をつくりたい

末次教授とUTECが出会ったのが2016年9月。そこからUTECの投資を受けて2018年12月に創業するまで、約2年の月日を要しています。創業に向けて、どのような壁が立ちはだかっていたのでしょうか。

宇佐美:
先生から話を聞いて、社会に大きなインパクトを与えうる技術だと感じました。ただ一方で、どのようなアプリケーションで中長期に成長させていくのかの方向性は明確になっていませんでした。世に広める足がかりとして、最初に研究の世界で試薬として使ってもらう方向性は固まっていたものの、それで終わるとおもしろくない。新しい産業をつくれるようなアプリケーションは何かと、中長期的な視点で考える必要がありました。お会いしてからの1年強は、そのディスカッションをひたすら繰り返していました。
末次:
手堅いものから妄想レベルのものまで、いろいろなアイデアが出ましたね。たとえばDNAは生命の進化数十億年の情報を記録して次の世代に伝えてきた記録媒体でもあります。当時はAIが普及する前でしたが、社会が扱う情報量が飛躍的に増えることは見えていたので、私たちの技術をDNAベースの記憶媒体つまりDNAストレージに応用できたらおもしろいという話もしていました。
宇佐美:
そのうちにImPACTプログラムの終了時期が近づいてきて、18年春には事業化の見通しをつける段階となりました。アプリケーションの検討と並行して、創業社長探しも始めました。
末次:
宇佐美さんにも同席していただきながら、何人かの方と面談を行いました。ただ、自分の中でピタッとハマる方にはなかなか出会えませんでした。事業を任せられることはもちろん、同時に技術や研究者に対する深い理解がないと、うまくやっていくことは難しい。面談後、工学部のスタバで、二人して頭を抱えていたこともあったことを思い出します。

半年ほど経過してUTECのコネクションを介して会ったのが、バイオベンチャーで取締役経験のある平崎誠司さんでした。最初の面談のとき、平崎さんは「製薬会社はプラスミドの大量製造に課題を持っている。この技術はニーズがある」と、技術を踏まえたうえでアプリケーションの提案もしてくれました。平崎さんにオファーを出して快諾いただいてから、事業化に大きく前進した気がします。

NEXT

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PROBLEM

創業から約1年。事業化が進む中で発生したのが新型コロナウイルスの感染拡大でした。ほぼ同時期に、サバティカル休暇を取っていた末次教授も、休暇を終えて大学の仕事に忙殺されるように。オリシロジェノミクスは転機を迎えます。

SECTION03 : 研究開発型ベンチャーに欠かせない
知財管理をサポート

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SECTION03

研究開発型ベンチャーに欠かせない
知財管理をサポート

最初の1年は、組織を整えると同時に事業の方向性を決める必要がありました。UTECはハンズオンでどのような支援を行ったのでしょうか。

宇佐美:
UTECからの支援ではどのようなものが印象に残っていますか。
末次:
やはりチームアップですね。最初に宇佐美さんが中高時代の友人に声をかけてくれて、その方にバックオフィス関連の業務を任せることができました。あと、UTECがベンチャーサポートとして派遣してくれるプロフェッショナルの存在も大きい。具体的に助かったのが知財管理です。特許は出願後に各国に審査請求しなければにならないし、実際に事業を進めるときには他の特許を侵害していないかの調査も必要です。それらの業務を支援するため、UTECから弁理士の島田淳司さんが入ってくれました。知財管理をお任せできただけでなく、「この研究はこのままやって特許になるかな?」と知財の観点から研究の相談もできて心強かったです。
宇佐美:
1年目、末次先生はサバティカル休暇で大学をお休みしていましたね。
末次:
7年に一度取れるサバティカル休暇を19年4月から取って、会社に集中しました。宇佐美さん、平崎さんと3人でアメリカに行って営業や展示会で情報収集できたのも、サバティカル休暇の期間だったからです。その渡米で複数のファーマの方から「プラスミドをこれくらいの量をつくれるなら検討に値する」とニーズや条件をヒアリングできたことは、その後の研究開発の参考になりました。

ただ、翌年にコロナ禍になったのは困りました。クリアすべき課題がせっかく見つかったのに、大学が閉鎖されてラボに入れなくて……。さらに20年4月には私のサバティカル休暇が終了。CSO(チーフ・サイエンティフィック・オフィサー)として引き続き研究は見ていくものの、1年目ほどは時間を割けません。技術面を任せられる人材が必要で、最終的にはペプチドリームでR&Dディレクターをしていたバシルディン・ナセル・加藤さんに21年7月にCTOとして入ってもらえました(22年9月よりCEO)。ペプチドリームはUTECのかつての投資先でした。

FINAL SECTION : IPOではなくM&Aを選択した理由

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FINAL SECTION

FINAL SECTION

IPOではなくM&Aを選択した理由

IPOに向けて準備を進めていたオリシロジェノミククスは、2023年にモデルナと買収契約を締結したことを発表しました。M&Aで事業売却という選択をした理由は何だったのか。

宇佐美:
私が関わった投資先の中でオリシロジェノミクスはもっとも風通しのいい会社の一つで、何でもオープンに議論できたことが印象的でした。
末次:
会社と投資家との間で意見の相違が生じる話を聞くことがありますが、私たちに関してはほとんどなかったですね。社内での議論でいうと特に覚えているのは、創薬への活用という事業上の次のテーマが見えてきた際に、既存事業の試薬キットの販売をやめるかどうか。現在のお客様に申し訳ないという思いがありましたが、産業界により早くスケールさせて世の中の役に立ちたいという考えも理解できたことから、創薬・医薬品製造に注力することにしました。
宇佐美:
その時期にエグジット戦略も見直したんですよね。もともとは上場に向け、監査法人さんに入ってもらったり、英語の開示資料を整備したりしていたのですが、IPO市場の浮き沈みが激しくなり、それに左右されない形を検討していました。すると、そのタイミングに合わせるかのように、複数のファーマから資本提携を含めてさまざまなアプローチがあり、モデルナとの話も決まりました。
末次:
コロナワクチンを短期間で開発した会社だけあって、M&Aの話もスピード感があって好印象でした。オリシロジェノミックス社はモデルナ・エンザイマティクス社へと名前が変わり、私は現在も社外取締役としてかかわっています。モデルナのスピード感なら、オリシロの技術を使って患者さんに早く薬を届けることができる日が遠からずやってくるでしょう。

私個人は引き続き好奇心に従ってアカデミアでの研究を進めていくつもりです。そこでユニークな技術が生まれたら、今回の経験を参考にしてまた社会に還元したいですね。アカデミア研究者の中には、VCからの投資を過度に警戒する方もいます。他のVCを知らないので一般化はできませんが、少なくともUTECは一緒に汗をかいて、科学者としての私も尊重してくれました。そして何よりオリシロジェノミクスが急成長できたのはVCからの投資があったからです。私たちのケースが、社会にインパクトを与えたいと考えているアカデミア研究者の選択肢を増やすことになればうれしいかぎりです。